バナー

 


みんなのひろば

映画「スタンドアップ」を観ませんか

                         ホームページ読者 山田 一

 私は映画を観ていつも元気や勇気、また考えるキッカケをもらっていますが、今回ぜひ若い男性に観て欲しい映画を紹介したいと思います。
 題名は「スタンドアップ」。アメリカ・ミネソタ北部の鉱山の町を舞台にした、実話にもとづく作品です。

パンフレットから少し物語を紹介すると・・・
 夫の暴力に耐えかね息子と娘を連れて、ジョージーは故郷の町ミネソタに戻ってきます。10代で望まぬ妊娠、シングルマザーとなったあとも色々な目に遭ったジョージーに、町の人たちの視線は冷たい。そして父親からも信用されず、母親からはもっと辛抱をと。

 しかし、二人の子供を育てて生きていこうとするジョージー。選んだ仕事は町の男たちに混じって鉱山で働くこと。
 男の職場であった鉱山で、女性が働くことに対するすさまじいまでの性的嫌がらせが続きます。 耐えるしか、あきらめるしかないのか。
 打ちひしがれそうになりながら、やがて、母親をはじめ周囲の協力者を得てジョージーは・・・。

 女性が勇気をふるって立ち上がっていく姿に、「フェミニスト」を自認する(実際はどうかな?)私は涙がとまらず、感動ものでした。ぜひぜひ観て下さい。
〔原題は「North Country」。東京・サロンパスルーブル丸の内、大阪・梅田ブルク7ほか全国で公開中です。〕


マンションなどの耐震偽装事件を考える   
                           一読者 山ちゃん
 各地でマンションやホテルの耐震偽装による被害が広がっているが、今の自民党政府はどう考えているのか、国や政府は何のためにあるのか、考えてみたい。
 マンションなどの設計者や民間検査会社に責任があるのは当然であるが、今回の被害の最大の責任者は、建築確認検査の業務を民間へ委託した、自治体や行政である。

1998年の建築基準法改正の時に、建築確認検査の「開放」によって民間へ委託されるようになった。この時、日本共産党だけが「手抜き検査の横行」や「良好なまちづくりが困難」になると危惧して反対したが、それが現実になってしまった。

官から天下りした検査員がいる検査会社で、しかも大手のマンション建設会社が検査会社の大株主では、まともな検査など出来るはずがない。

マンション住民の方を救済する方法は

1.   政府や自治体はすぐに移転先を無償提供できるようにする。
民間へ委託した行政の責任として問題が解決するまで行うのは当然である。

その費用は、防衛費予算約4兆8500億の中からすぐ出せる。

 アメリカの駐留軍にタダで渡している約2400億円の思いやり予算をやめ、そのお金をまわす。あるいは、イラクの自衛隊派遣再継続をやめ、アメリカの戦闘機、戦艦への給油をやめるだけで数百億は捻出できる。

東京都など費用を出さない自治体もあるが、今後そのような議員や首長を選挙で選ばないことも重要になると思う。

2.  マンションの再建費用は設計者、検査会社、建設施工会社が負担するのはもちろんだが、不足分は建築業界全体でも負担させる。

マンション建築に対しての不信感をなくすためにも建築業界が救済するのが当然である。それでなくとも大企業は減税されていて国民への利益還元がほとんどないのだから。

政府は「官から民へ」「小さな政府」を合言葉に変な改革を進めているが、よく考えると天下りの受け皿作りと、弱いものからまきあげた企業の利益の一部を自民党へ政治献金させるために行う政策だ。


「革新懇の講演と音楽の夕べ」に参加して

                                        後藤  修  

会場の中之島中央公会堂へ着いたのは630分頃ですでに主催者側のあいさつが始まっていました。参加者が多くて2階席から見ることになりました。

歴史的建造物で聞く大阪出身の林 明日香さんの歌は17歳とは思われない声量で、参加者も高齢者が多く、少し違和感を感じました。もっと若い人が多ければ、また音響効果がよければもっと盛り上がったでしょう。

海老名 香葉子さん(エッセイスト)の話には驚かされました。のっけから漬物の漬け方やそのおいしかったことの話でした。あの戦争で肉親を亡くし親類を転々とした死と隣り合わせの日々、言葉に出せないこともあったでしょう。冒頭の食べ物の話は平和でこそ作ることも食べることも出来るということと受け取りました。

市田 忠義さん(日本共産党書記局長)の話は、戦争で亡くなった兄弟姉妹に対する母親の無念から始まり、憲法9条をめぐる改憲問題をわかりやすく、笑いもあり、そして9条の会の前進を語られ、心強く感じ、私も何かしなければと思いました。

会が終わったのは9時過ぎで、外は寒く、「光のルネッサンス」という音楽に合わせて、木に飾りつけたイルミネーションの色が変わっていくイベントが、始まっていました。恋人たちや夫婦、若者のグループ、子供たちが携帯やカメラのシャッターを切っていたりして楽しんでいました。このクリスマスムードにつつまれた光景は、平和でこそなんだなーと思いつつ帰路に着きました。

 革新懇とは政治革新を目標に、平和・民主主義・生活向上をめざす全国組織

憲法を考えるシリーズ1

 自民党案を考える(3)

       2005年12月 ホームページ 一読者

 「自民党案を考える」シリーズの3回目です。今回は引き続き自民党案の第九章「改正」について新聞等を参考にしながら、私見を述べたいと思います。

現憲法の第96条では「この憲法の改正は、各議院の総議員の三分の二以上の賛成で、国会が、これを発議し、国民に提案してその承認を経なければならない。この承認には、特別の国民投票又は国会の定める選挙の際行はれる投票において、その過半数の賛成を必要とする。」となっています。自民党案では「この憲法の改正は、衆議院又は参議院の議員の発議に基づき、各議院の総議員の過半数の賛成で国会が議決し、国民に提案してその承認を経なければならない。この承認には、特別の国民投票において、その過半数の賛成を必要とする。」 つまり、自民党案は憲法改正要件を緩和し改正を容易にしています。 また、国民投票についても、自民・公明の国民投票法案「骨子」には、「戦争する国」づくりのための改憲案を通りやすくするための仕掛けがいくつもあります。一つは、改憲項目が複数にわたる場合、それを一括して投票させるか、項目ごとに投票させるかという問題です。「骨子」は、投票方式は「発議の際に別に定める法律の規定による」と先送りし、一括方式に可能性を残しています。実際には政府がつくる政令で決めてしまう可能性さえあります。仮に一括方式での投票になれば、九条改悪には反対でも、ほかのところには賛成だとして「○」をつける人がいるかもしれません。実は改憲派のねらいは、ここにあるといわなければなりません。とくに改憲派が国民を改憲論議にまきこむために環境権などの「新しい人権」などを強調しているだけに、警戒が必要です。
環境権や個人情報保護等については現憲法の基本的人権に含まれており、改めて憲法に加えなくても基本的人権の範囲内で配慮されるべきと思います。

 二つめに、「改正」案承認のハードルを極端に低くしていることです。「骨子」は、「国民の過半数の賛成」という憲法規定を「有効投票総数の二分の一超」としていることです。「国民の過半数の賛成」は、有権者の過半数、投票総数の過半数との解釈もあります。有効投票総数の過半数は一番低いハードル。投票所にいって投票しても「無効票」になればその人の意思は除かれることになります。抗議の「白票」も、迷いの「白票」も無意味になるのです。国政選挙の投票率さえ低下している現在、低い投票率のまま、有効投票の過半数で国の基本法が決まるとなれば、法的な安定性も損なわれます。

 さらに自民・公明の「骨子」は、本来最大限の自由が保障されるべき投票運動にさまざまな規制を課しています。一つは、公務員や教育者の「地位利用による国民投票運動の禁止」です。教師が教育の自由、学問の自由に基づいて現憲法の先駆性を語っても「地位利用」だとして規制されかねないのです。
 外国人は全面的に運動が禁止されています。もう一つは、新聞、雑誌、放送への規制です。
 「骨子」は国民投票の予想の公表禁止をはじめ、「虚偽報道」の禁止、供応や利益の提供などによる報道・評論の禁止などを列挙しています。しかも、「国民投票の結果に影響を及ぼす目的をもって」なされるものが対象ですから、その規制は広範囲に及びます。

 一国の基本法である憲法を変えるのかどうかの大問題は、国民のなかでの議論をおおいに起こしてこそ民主主義のはずです。「あれもダメ、これもダメ」式に規制・抑圧するやり方しか提案できないのは、改憲派のめざす憲法改悪の目標が、言論・表現の自由が保障されない、「戦争する国」づくりだからです。
現憲法は「戦争のない世界」をめざす平和原則を中心に、生存権など世界に誇る人権条項を持つ憲法です。これからも世界の人たちから信頼される国にしていくためにも、現憲法を守っていきましょう。

憲法を考えるシリーズ1

 自民党案を考える(2)
                            2005年11月 ホームページ 一読者

 前回、「自民党案を考える(1)」を投稿しましたが、今回は引き続き自民党案の第三章「国民の権利及び義務」について新聞等を参考にしながら、私見を述べたいと思います。

まず、第12条、第13条では現憲法が「公共の福祉のため」「公共の福祉に反しない限り」と記載されているところを、自民党案では「公益及び公の秩序に反しないように」「公益及び公の秩序に反しない限り」と変更されています。

「公共の福祉」から「公益及び公の秩序」になぜ言い換えたのでしょうか。「公共の福祉」の規定として、ある人の人権と別の人権が衝突したとき、個々人の人権を抑えるものとして「公共」という調整機能が働くということでした。しかし、自民党政治は、「公共の福祉」を本来の意味では使っていません。沖縄県民の土地を米軍基地のために強制的にとりあげた際にも、「公共の福祉」が口実に使われました。

 自民党は「公共の福祉」ではあいまいだとして、「公益」「公の秩序」と言う言葉に変え、国家の行うことが「公益」「公の秩序」としたいのです。自民党の「公益」とは日米同盟であり、「公の秩序」は戦争に参加する体制に他なりません。もし、日米同盟に反対したり、戦争に反対したら、憲法違反ということになりかねません。

 次に信教の自由の点での国や国家機関の宗教活動はどうでしょうか。現憲法では、第20条に「信教の自由は、何人に対してもこれを保障する。・・・」とし、B「国及びその機関は、宗教教育その他いかなる宗教的活動もしてはならない。」としています。

 自民党案では第20条の本文は変えていませんが、B「で国及び公共団体は、社会的儀礼又は習俗的行為の範囲を超える宗教教育その他の宗教活動であって、宗教的意義を有し、特定の宗教に対する援助、助長若しくは促進又は圧迫若しくは干渉となるようなものを行ってはならない。」とし、しばりを緩やかにしています。狙いは靖国神社への政治家の参拝が憲法違反だと言われないようにすることにあります。しかし、首相や閣僚が私的参拝として靖国神社に行くことが政教分離に抵触しないでしょうか。

 首相や閣僚は国政の中枢におり、そういう人たちが宗教色強い神社へ参拝することは「信仰の自由」を本当の意味で理解していないことに他なりません。「信仰の自由」は国家が個人の信仰に直接介入や干渉をしてはいけないというだけでなく、国家が特定の宗教と結びつきを持つこと自体を禁止したのです。

 どうしても行きたければ、首相、閣僚を辞めて行けばいいのです。アジア近隣諸国を不快にさせる参拝は、直ちにやめてほしいものです。


声なき声を聞け!(一時金の算定基準はこれでいいのか)

                               怒れる一組合員

組合の職場常会ではほとんど意見が聞かれなかったようですが、果たしてほんとうに意見がないのでしょうか。多くの組合員からは、“この場で言っても結果が変わるわけもない”“言えば自分の成績や出世に響く”“算定基準が複雑になってわからない”“形だけの常会だ”等という意見が帰ってくるのではないでしょうか。それとも、あまりに会社の都合のいい一時金算定基準の内容にあきれてしまったのでしょうか。

長年一時金を抑える方便として会社は“新薬が出るまでの辛抱や、それまでがんばってくれ”というので、組合員はがんばってきた。しかし新薬が出た途端、会社は前言を翻す暴挙に出た。組合員の悶々とした思いをわかっているのか。(怒り)

また、算定基準に関連会社の連結決算とするとはどういうことなんだ。関連会社へ出向している社員がたった6パーセントに過ぎないのに。また赤字が半数であるのに。
 そして、予算に対しての決算の割合で算定するとはどういうことなんだ。予算を大きくすれば下がるし、もし決算が大幅にアップしそうだと、途中予算修正で低く抑えられる。会社にはいいことづくめでも、組合員には何の利益にもならない。

こんな一時金の算定基準を賛成したのは誰なんだ。(怒り)
 また、次に部門業績を算定基準に加えようとしているが、組合員が望んでいるのですか、望んでもいないものになぜしようとしているのか。(怒り


ロイヤルティーは誰のもの

先日の経営協議会で一時金の算定基準を現行の「業績連動型一時金」に含まれていたロイヤルティーを除く営業利益とすることが労使で決定されました。

ロイヤルティーとはどういうものなのか、私たちの努力と関係ないものなのかを考えてみたいと思います。

研究の成果が新薬となって実を結ぶには、通常十数年以上の長い期間と億単位のお金がかかるわけですが、そのお金はどこからひねり出してきたのでしょうか。製造コストの削減努力、営業努力等から研究費として新薬の開発にまわしてきたのではないでしょうか。これがどうして我々の努力と関係ないといえるのでしょう。

一時金がロイヤルティーを除く営業利益というのであれば、研究所の成果はなかったということになるのではないでしょうか。成果主義賃金というのであればこれはおかしいでしょう。
 また、今後研究成果がでてきても、新薬の承認までの期間が長くかかる日本での開発をあきらめ
海外の製薬メーカーに導出し、ロイヤルティーの獲得と日本での販売権獲得という方向に行くので
はないでしょうか。そうなるといくら研究所で新薬を開発して成果を出しても、一時金には反映さ
れないということになります。

会社は、中期経営計画が計画通り進むと5年後には、一時金が年間13ヶ月にもなり、あのタケダでも出さない金額をわが社が出せるか、と理由にならない理由で、ロイヤルティーを除くという。もし仮に5年後に13ヶ月もの一時金が出たとしたら、従業員のモチベーションは飛躍的に上がり、マスコミで話題になり優秀な人材が集まり、より成果が上がるのではないでしょうか。

もちろん株価にも反映するでしょう。
 組合は会社の目先の利益に振り回されないように大所高所から考慮してもらいたいものです。

憲法を考えるシリーズ1

自民党案を考える(1)

                       
                 2005年11月ホームページ 一読者

 自民党が10月28日、新憲法草案を決定しました。改憲案は、前文から「政府の行為によって再び戦争の惨禍が起こることのないやうにすることを決意」とした文言を削除し、侵略戦争の反省や平和的生存権の規定を消し去っています。本当にこれでいいのでしょうか?私たち日本国民の大部分は先の侵略戦争を深く反省し、二度とこのような戦争が起きないように願ったこの現憲法を支持してきました。
 
 確かに、現憲法の草案はアメリカによってなされましたが、その後日本政府、諮問機関の憲法問題調査委員会、各政党(自由党、進歩党、社会党、共産党からの改正案)、学者グループ、個人などからの改正案も出され、最終的にはアメリカGHQと協議されたものを「憲法草案」として国会で審議され、「日本国憲法」が確定されました。そして、この憲法はほぼ国民の賛意を得られるものであり、今の日本の平和・経済発展の源であると思います。

 では何故、改憲ということになったのでしょうか。もともと、自民党には「軍隊」を持つべきだとか、先の戦争は侵略戦争ではなく、アジアの人たちの民族解放を助ける戦争であったなど現憲法を批判する人たちが多くおり、以前から改憲のチャンスを狙っていました。そして、アメリカの強い要請と今年の衆院選での大幅な議席獲得を機に改憲案を出してきました。つまり、改憲案で自主憲法と謳っていても9条についてはアメリカの要請に応えるなど矛盾したものです。

 また、戦力を保持しないとか、交戦権を認めないとする第9条2項を削除し、「自衛軍」による海外派遣と集団的自衛権を行使できるようにしている。つまり、国連の要請ということだけではなく、アメリカの要請にも応えて海外派遣するということになる。

 いままで大切にしてきた平和、戦争を二度と起こさないということを根底からくつがえすことになります。

 こどもたちを戦場に送らない、大切なひとを戦場に送らない、そして、アフガニスタン、イラクなどの戦争でわかるように、力での解決では決してその国に真の平和は戻ってきません。今の憲法を守ることが家族の未来、日本の未来に平和をささげることになると思います。


扶養給廃止しないで

                                                         ホームページ読者

「やっぱり扶養給、廃止されるみたい」夕飯時、夫から出た言葉に「なんで!取りやめになったのと違うの」と少し声を荒げた私。

私はシオノギに勤める夫を持つ専業主婦です。愚痴を言うようですが、夫の給料はここ数年、増えるどころか月数万円単位で減り続けています。

家計の足しにと続けていた私のパート勤めも、どうしても辞めざるを得ない家庭の事情で辞め、その収入減も大きな痛手となっています。

「サラリーマン家庭へ増税の嵐!」、「庶民生活直撃!消費税10%から12%に」とか騒がれてもどうしたらいいのか、腹が立ってもおろおろするばかりです。選挙で世直しするしかないといっても、選挙の時は、マスコミのムードに押され騙されてしまう人が多いし、悲しいです。

扶養給が廃止になって困るのは我が家だけなのでしょうか?
結婚して20年以上なりますが、いままでの給与明細を見てみると給与の流れがよくわかります。1997年
5月までは給料が上がっていました。1998年の給与体系が変わったときから賃上げがあっても給料が上がら
ないシステムができました。ボーナスも下がりました。子供の学費はいままでの貯金で何とかまかないましたが、老後はどうしようと、くよくよ思い悩んでいます。

成果主義とかに合わないらしいですが、もとは調整給だったのを名前変えて扶養給にしたんですよ。そんなもともと給与だったものを手当てに名前変えて、成果主義に合わないから廃止なんて納得できません。

1997年の給料から2005年まで、「我が家の給料推移」のとおり、ほぼ賃上げなしのままで、手当て分を除けば、ほぼ3割の給料が減りました。

組合の幹部の皆さん、扶養給存続するように、会社に納得させてください。お願いします。もう、これ以上給料を減らさないでください  

我が家の給料の推移

1983年に他社に比べて給与が低いことから既婚者に「調整給」導入

1996年5月

1996年6月

1997年6月

1998年4月

2003年6月

2004年4月

2005年4月

能力給

調整給

能力給

+B+C

能力給

+B+C

新能力給+基本給+移行給

+B

 

能力役割給+基本給+移行給2/3

+B+D

 

能力役割給+基本給+移行給1/3

+B+D

 

能力役割給+基本給

+B+D

 

A:住宅給 B:扶養給 C:暫定給 D:調整給与 

 


ヒロシマデーによせて

                       200510月1日 J.J

 8月6日からふた月が経ちます。ここ数年の間、テレビで見ていた広島市長の平和宣言がすばらしかったので、一度生で聞いてみたいと思い立ち広島に行きました。

 この日は朝から蒸し暑いの一言につき、大勢の人たちの中に混じって立っていると頭がボーとして、おまけに前の女性が日傘をさしているため市長の顔も見えず、声もよく聞き取れませんでした。前の女性がいなくなったなと思ったら、小泉首相のあいさつの番で、これは顔もみたくないので式場を後にしました。家に帰ってからゆっくりテレビで市長の話を聞きなおすことにしました。

 元安川のほとりに行くと、岸辺はきれいに整備され柳の枝がゆれ、小魚が泳ぎ、外人さんが二人座って、川の水に足をつけていました。かわには遊覧船のような船が浮かんでおり、その上で男性歌手がジョン・レノンのイマジンを歌っていました。この景色だけを見ていると平和そのもので、かつてこの川をおびただしい焼死体が埋め尽くしていたことなど想像できません。ただ、崩れかけて立つ原爆ドームだけが、「本当にあったことなんだよ」と私に語りかけているように思いました。

 こうやってみると、年月がすぎて真実を伝えていく、受け継いでいくというのは難しいものだなと感じます。その場に来ても、なかなかピンとこないのですから。私は家に帰って、もう一度「はだしのゲン」の漫画を読み直してみようと思いました。

 帰宅して早速テレビを見て、新聞で読み直しましたが、「国連が2020年までに核兵器の廃絶を実現するための具体的ステップを2010年までに策定するよう期待し、そのために私たちは世界の多くの国、多くの人たちと核兵器廃絶に向けた多様なキャンペーンを展開する。」と宣言しており、具体的な展望を示し世界に働きかけていこうという気迫を感じました。


靖国神社に行ってきました

       

   靖国会館       ゼロ

                                     倉橋

ときも時なのか結構若者もいて見学者ももちろん多くいました。なんとなく緊張! 以前、読んだパンフには、参拝者の中には本当に身内の災難を痛んで心から参拝されている方も大勢おられるので、ストレートに「反対と言わないこと」などと心構えがあり印象的かつ納得しごく。広大な敷地の靖国神社境内には、1の鳥居をくぐり2の鳥居をくぐったところに明治14年靖国のかみさまを永く世に伝えるため創設され、軍犬・軍馬・の慰霊像、鳩魂塔と共に「軍事博物館」である遊就館があります。平成14年新しく全面改装しました。             
 写真のゼロ戦はその中の玄関ホールに展示されています。残骸や破片を再度組み立てたそうである意味本物です。ブリキのおもちゃのようで「よくこれで飛び立てたな」と言うほどチャチでした。  

さて緊張して望んだ遊就館でしたが、声高に叫びたてるものはなくいきなり「いざなみ」、「いざなぎ」の神様つまり神話登場。日本の歴史が神話からはじまっているのです

そして、展示物はひたすら戦争に巻き込まれていった人々のけなげさと一途さを強調。やりとりのあった残された血だらけの手紙類も悲惨さを訴えているものの、それはけなげさと一途さ正義感などを表すもの。
ひしひしと、そしてしみじみと伝わってきます。「しみじみとつたわるだけに怖いかも」と思いました。

でも待って・・どうしてこんなことに何故こんなことに。やっぱりそこのところがすっぽりぬけているので、決して納得できるものではありません。まして戦争で死んだ兵隊さんだけを祭っているなんて。時間無くて出口付近にある20分ほどのビデオ見逃しましたが見た人はひどいとおこっていました。

イラクで人質になった「高遠菜穂子さんの講演会」に参加して   
                 
                    T.I

 イラクで人質になり、解放されて帰国してからは、日本の政府とマスコミから自己責任論のバッシングを受けた高遠さんは、今、またイラクの地にたっています。

何が、彼女をそこまで突き動かすのか、たいへん関心を持っていました。その彼女の講演会があると聞き、是非、話を聞いてみたいと思い参加しました。

小さな会場は、約350名の参加者であふれ、立ち見の人も出る盛況ぶりでした。

マスコミ報道で大変なバッシングを受け、落ち込んだ姿を見せつけられていたので、少し心配していましたが、なかなか堂々とした人で、過酷な修羅場をくぐりぬけて来た人間の持つ、たくましさを感じました。

講演の内容は、一般のマスコミ報道とはまったく違うイラクの生々しい現実をみせつけられました。どんな「大義名分」があろうと武力で他国へ侵入することは、一般市民にどんなに悲惨な不幸をもたらすか、あらためて認識させられました。

結婚式場が空爆をうけ、多くの子供をはじめ善良な市民が殺された事件は記憶に新しいところですが、このときの生々しい死体の写真はまともに目をみひらいて見られませんでした。こうした写真は米軍の厳しい監視体制のもとで提供する側も受け取る側も命がけの活動だそうです。

高遠さんは今、戦争で家族を失い一人ぼっちになった青年たちが将来に展望を失い、ドラッグに蝕まれている現実に心を痛め、こうした青年たちに様々な職業のノウハウを教え、社会復帰させる手助けをしたり、戦争で破壊された学校や病院を現地の人の雇用で再建する仕事に取り組んでいるそうです。

子供たちが職業を身に付けて自立していく姿や壊された学校や病院が修復されていく様子が写真で紹介されると会場から大きな拍手が沸き起こりました。

日本の若者のなかにも高遠さんたちのような青年がいることに誇りを感じ、大きな励ましと勇気をもらいました。同時に、わたしたち一人一人が自分にも出来ることをみつけて意識的に関わることが今、もとめられているのではと強く感じました。

平和を守ろう「憲法9条の会」に参加して   倉橋 章子   

 手作りで「小田実氏の講演」との枚のビラと友人の誘いに、「ふと」気が向いて参加しました。
 主催者の挨拶の後、呼びかけ人の1人が往診が長引いたため遅刻という、おまけ話つきのアットホームな会でした。

プログラムは「大阪大空襲体験を語る会」、「教え子を再び戦場に送らない」方々の話があり、憲法前文と条の朗読がありました。

 そして、メインの小田実氏の講演です。

 小さな会場ながら満席と熱気に目を細められ、「年寄りが、頑張れば若者はついてくる」で講演は始まりました。

 「憲法条の会」は危機感の共通認識で集まった会で、呼びかけ人の平均年齢が77歳だそうです。
 「政治家はうそをつかない」、「状況を変える」、と笑えないジョークを言われ、巻き込まれるのはいつも市民側。 憲法はする側のものではなく、される側のもの。される側の知恵としてあると語られました。

「新しいアイデアと思想信条を超えて新しい価値観をつくる」これは全国を回って感じたことだそうです。

また、ご自身の戦争体験を語られました。それは、壮絶で、都市を焼き尽くす回の空襲。   1000メートル上からの爆弾と2トン爆弾。堂島川に飛び込んだ人々が安治川を流れて海に出るんだそうです。そのむごたらしさ、そして、餓え。

 あらゆる名目で戦争に反対を。 武器を持たない、とらない権利を行使しよう。
 「日本をアメリカにしたがって『戦争をする国』に変える」ことを許さず、「日本と世界の平和のために、日本国憲法を守るという一点で手をつなぎ、改憲の企てを阻むために立ち上がること」を呼びかけての73歳が唱える「今こそ旬の憲法」の話でした
 「9条の会